徳川家康が尾張の中心を清洲から名古屋へ移した理由

あの戦国の現場へ行こう!

05月12日 20:19

 



関ヶ原合戦後、徳川家康は四男・松平忠吉を清洲城主として尾張国を与えます。

でも忠吉の死後、弟・義直に清洲城を継がせますが、その時家康は尾張の中心を清洲から名古屋へ移すのです。

なぜか?

いくつかの理由が指摘されますが、そのうちのひとつに【水害】があります。

私がこう言うと、

『清洲も名古屋も同じですよ!同じ平地ですよ!同じ濃尾平野ですよ!同じく水害に遭う土地ですよ!』

と、いう…[…続きを読む]

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